コラム64
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| ハリスの重要さ ハリスは、科学的にいってたいへんむずかしい特性を要求される糸である。 釣り鉤を口中にした魚と、まず戦うのはハリスである。だから丈夫でなけれぱならない。 しかし、丈夫だけではだめなので、魚が鉤につけられた餌を呑み込みやすいように、柔軟で比重が軽くなけれぱならない。極端にいえぱ、比重ゼロが好ましい。やわらかさでいえぱ、無限に柔らかいほうがいい。 なぜなら、魚類の摂餌は、陸上動物のように、対象にかじりつくのではなく、エラによる呼吸運動と並列した就餌法によるからだ。たえず、口腔とエラ腔の圧力差によって水流をつくり、餌を吸収する。 だから、魚種によって多少の差はあるにしても、餌が魚の口の中に吸いこまれやすいハリスを使用することがたいせつだ。 わたしが中国に行ったとき、ほうという名の魚がたくさんいる鄭州市の西流湖で釣った。はじめ、0.6号のハリスで釣ったときは文字どおり入れ喰いだったが、大物がくるといけないと、0.8号のハリスに変えた。とたんに釣れなくなってしまいやむをえず、また0.6号にかえたら、最前と同じように釣れだした。中国のように、魚がウブでたくさんいる湖でもそうなのだから、目本などではいっそうその影響は強い。 ちなみに、0.6号のハリスの直径は表のようになっている。その差わずか0.02ミリメートルである。最近のアユ釣り師には0.1号とか0.2号とか、信じられないような極細の釣り糸の使用者がふえてきているし、クロダイなども0.6号から0.8号の使用者が多くなった。 まさにミクロンのたたかいなのである。0.6号というと、だいたい人間の頭髪ほどの太さだから、これであの強引のクロダイをあげるわけで、ちょっと外国人には理解し難い釣法である。 天然のハリス 目本で魚釣りがこれほど発達したのは、良質の天然のハリスが得られたからである。それをテグスという。テグスは釣り具屋さんで今でも市販されていて、根強い支持者をもっている。テグスは蛾の仲間のうち、繭を作る性質の蛾の体内からとれる糸の総称で、ふつうは天蚕蛾(学名ヤママユガ)の体内から採取する。 天蚕蛾を酢と食塩にひたし、その身から糸をとりだし乾燥すると、およそ1.5メートルほどの白色透明の糸ができる。楓蚕・樟蚕ともいい、ナイロンが登場するまではハリスのすべてはこのテグスが独占した。水に強く、弾性があり、丈夫だった。絹糸線を子どもが引っぱると、太くて短いハリスができ、おとなが引っぱると細くて長いハリスができた。 ぜいたくな釣り人は、道糸もハリスも、みなテグスを使ったから、たいへんな出費で、金とテグスは、同じ重量ならテグスのほうが高かったほどである。これをはじめて商品化したのは、明治十三年に亀山嘉兵衛が周囲の釣り道具屋に市販をはじめてからだが、すぐに品不足になって、中国で集めさせたものを海南島から輸入した。 ハリスは無色透明なものほど、魚の目にっかないからいい、というのは人間の考えであって、魚がどう考えているかは、後章を参照されたい。とにかく、その透明さを買われたテグスのほか、白毛のウマの尻尾の毛を利用した馬素=パスや、絹糸をゼラチン処理した人造テグスなどが使われていた。 科学糸の開発 釣り糸に科学糸が使われたのは、釣り竿と同じようにアメリカが先だった。アメリカの釣り糸は、主としてリールによる投げ釣りが主だったところから、絹糸やアサ糸をよってつくった編糸に、防水加工したものが多かった。ところが昭和十六年、太平洋戦争によって絹糸の輸入がとまってしまい、釣り糸の生産に支障をきたしていた。そこで、ある釣り具メーカーが、当時、アメリカ空軍の落下傘部隊が使用していたナイロン.ロープをほどいて利用したところ、たいへんすぱらしいということがわかり、以来、アメリカではナイロンによる道糸とハリスが主流となった。アメリカ空軍は釣り竿と釣り糸の両者にわたり釣界に貢献したわけである。 アメリカのB29爆撃機を撃墜したとき、飛び降りたバイロツトの落下傘のロ-ブを軍が研究して、はじめてナィロンができたという説もあるが、それはできすぎたまちがいだ。 日本の東洋レーヨンの前身の会社ではすでにレーヨンの開発に成功していて、樹脂合成による紡糸の製造が昭和十六年から開始され、昭和十八年には日産一〇キログラム以上になっていた。 ところが、戦後になってみると、アメリカのデュポン杜が、同じ方法で特許をとっていたことがわかったのである。東レは泣く泣くデュポン杜に特許料を支払うことになったが、技術的には完成していたから、特許料を支払っても学ぷところがない。戦後二〇年間、東レの、銀鱗ブランドの釣り糸は、目本の釣界を独占したのである。 ナイロン釣り糸の特性 ナイロン釣り糸は、多くのすぐれた特長をもっている。透明度が高く、丈夫で、品質が均一で、テグスと違っていくらでも長くできる。かっては専門の漁師でなけれぱ釣れないマダイなども、ナイロンの出現で、アマチュアにも釣れるようになって漁師をなげかせた。塩水にも強いので、海釣りにはとくに便利だったし、風化の度合いも非常にすくない。 よくナイ回ンは水を吸収しないからふやけないという人がいるが、それはまちがいで、ナイロンも水を吸収するが、それはごく少量でしかない。ただ、当初はモノフィラメント(一本どりの技術)が不安定で、細いところや太いところができて、わたしなども、均一のところを選んで釣り糸に利用した記憶がある。 このモノフィラメント法は、アメリカよりも目本が発達した。というのも、アメリカの釣り糸は、リール使用のため、何本もよって作ることが伝統的だが、日本は昔から一本糸。そこで、太い糸、たとえぱ10号、20号なども目本が早く開発したし、また0.1号などはアメリカの技術ではむりである。 もっとも、欧米と日本では、釣り糸に対する思想がまったく違っている。カナダで行なわれたキング.サーモンの釣り大会に出場した日本人釣り師が、思わぬことで失格した。彼は日本のメーカーの釣り糸を使用したが、大会規定によれぱ10ポンド・テストの釣り糸使用ということで、そういう規格の説明のない日本の釣り糸はルール違反を問われたのである。 1ポンドは約454グラム、1−ポンド.テストの釣り糸というと、4.54キログラムまで耐えるという意味だ。 複雑な太さところが目本は江戸時代から、釣り糸は一本五尺のテグス一〇〇〇本の重量を標準の表示としていた。なんでこんなめんどうなことをしたかというと、業者の取引のために必要だったのである。だから一分の釣り糸というと、約3.7グラムで1.5メートルの釣り糸が一〇〇〇本あるということで、用途に応じて、一分・一厘・一毛の単位が使われた。これをそのまま現代まで使っているから、欧米人ならずとも、理解がしにくい。 別表のように、0.4号は昔の四毛をあらわすが、昔のテグスにはそれ以下の細い糸はなかったからだ。当然、強さや直径の標準ではないから、メーカーiや材質によって、強さも直径もまちまちになった。わたしの調査では、1.5号の釣り糸のぱあい、A社のは0.20ミリメートルだったがB社のは0.22ミリメートルあった。わずかな違いのようだが、0.02ミリメートルの違いは、割合からいえぱ大きな違いだ。 表2−1 釣り糸の耐久表 ただし、太いほうが強いかというとむしろ同じ号数ならぱ直径の細いほうが丈夫なことがわかっている。また、同じ太さなら、一本糸のほうが、ヨリ糸より強いこともわかっている。 とにかく、これでは科学的な表示といえないから、まず直径からでも統一しようとしてできたのが上表であった。これで直径だけはおよそ統一されるだろうが、問題は欧米の釣り糸の表示との差である。 欧米人の合理思想は「この釣り糸は何ポンドの魚を釣ることができる。」という標準をつくりあげたが、日本人はそういうダイレクトな表示を嫌うところがある。むしろ「オレは0.4で尺プナを釣ったぜ」などと白慢したがる。 ところが、表のように、0.4号の釣り糸は約700グラムテストである。尺ブナはそれ以下の重さだから、そう自慢する腕前ではないのだ。 日本の釣り糸の目安は、0.6号でおよそ一キログラムテストと思えぱまちがいない。では1.2号は2キログラムか?そうではない。釣り糸の強さは釣り糸の直径ではなく釣り糸の切断面の面積に比例するから、耐久カテストには表2・1のような表が必要となる。 (中略) 糸の太さと釣り人の腕 さて、こうした釣り糸の強度は、ふつうスプリング式の計量器で計測している。メーカーなどではもっと本格的な計測器を使用するが原理は同じである。ところが、計測器で一キログラムに耐えた糸が、同重量のオモリをぷら下げると切断してしまうことがある。 実験によれぱ、計測器の半分も耐えない。これは当然のことで、計測器にはスプリングがついていて、釣り糸を徐々にゆっくりと引っぱるから、ちょうど釣り竿と似たようなシヨツク.アプソーバーになるのだ。ところが、固定した釣り糸にオモリをぷら下げることは手で魚を引きあげるのと同じ原理になり、テスト値は半分以下と弱くなる。 欧米の釣り具メーカーでは、釣り竿や釣り糸に二重表示する杜もあるほどで、急激にあわせたり、強く引っ張ったりすると、釣り竿も釣り糸も半分の重量で折損したり、切断したりする。わたしの持っているフライ・ロッドも、8ポンドと16ポンドの表示がついているのはそのためである。 「細い釣り糸の使用者は静かにあわせることで二倍トクをする」ことを覚えておこう。な お「釣り糸のグラムテスト表」は前記のようにテスト法によって異なるため・ブラスマィナス 30パーセントの誤差がある。したがって、釣り人の腕前がよく、釣り竿がまた良質であれぱ0.1号の極細の糸で、360グラムどころか、500グラム以上の魚さえ釣りあげることが可能だということになる。 釣り鉤の科学 太公望の直針 人類が釣り鉤という、画期的な道具を発明したことは、まさに人類文化の大きな飛躍であった。この発明を、多くの人類学者が、地球上の一地域の発明が、しだいに各地域に拡まっていったという解釈をしているのは肯定できないことである。地球上の民族は、似たような道具、似たような神話、似たような生活形態を示すことが多いが、それは、人類の叡智の民族差のすくないことを示しているのである。 釣り鉤は、発明の時代差こそあったが、地球上の人類が、それぞれの地域において、独自に発見したのである。中国と日本は、地理的には近いが、釣り鉤は別箇に発達したことがわかっている。たとえぱ、世界の釣聖といわれる太公望の使った直針に例をとってみよう。周の犬臣になった太公望は、直針で魚を釣ろうとしたがために、女房に愛想をつかされて逃げられたという有名な伝説がある。 その問題の直針だが、釣り鉤の研究家・直良信夫氏は双先釣り鉤と呼称している。現在、この直針を使用しているのは、中国人・エスキモー・フィンランド・ソ連のタイミル半鳥の居住者であり、スイスのレマン湖の付近や日本の沿岸の貝塚からも出土している。 直針は図2・7のように、いろいろの型があるが、中国の奥地ではいまでも、太公望のように直針で魚を釣っている村落がある。 戦争中にこれを発見した並河律さんがわたしにくれた報告による直針は、図2・8のようなものである。この直針はしなやかなタケでできており、中心に釣り糸を貫通する穴があけられている。ただ、このタケの直針が独特なのはその使用法であり、両端を曲げて輪状にして、その結合部に蒸した麦を刺すのである。フナがこの餌を呑み込むと、麦がはずれ、口中で直針が開き、その弾性で突き刺さるわけだから、魚はたいへんに驚くであろう。 だから、太公望の直針釣りはけっして、いわれのない暴挙ではなかったわけである。しかも、この中国の直針が、エスキモーに伝播したり、フィンランドに伝播したりしたとは考えられない。 同じように、先をまるめた、現在のような釣り鉤が、地球の一ヵ所で発明されて漸次世界に拡まったなどというのは、とうてい信じ難いことである。 (途中省略) なぜ上唇にかかるのか 釣り鉤が鉄という金属を使うようになってから、その効果は絶大なものとなった。 直針の時代などには、針は図2.15のように口腔の奥か、腹腔内に収まらなけれぱ、吐き出されて用をなさないが、鉄鉤の時代には、ほとんどが、口中において鉤がかりするようになった。それだけ釣技が進歩したわけであるが、釣り鉤のかかるのは、魚の口の上唇がほとんどであることは釣り人のよく知っていることである。 魚が餌に接近して、さて摂餌しようとするとき、餌の直前で口を開けたとすると、魚の前方に水流が起こり、餌は遠ざけられてしまって、うまく摂餌できないはずである。ところが、実際には魚はうまく摂餌できる。それは、魚がエラをもっていて、エラで呼吸するため、口をあけて、水と共に餌を吸引するから、水流は図2・16のように働いて、餌は水と共に口中に吸い込まれる。 ![]() そのとき、釣り鉤は図のように、たとえどの方向に向いていたとしても、吸引の瞬間には鉤先を上向きにして吸い込まれるのである。これが釣り鉤の非常にすぐれた機能となっている。 そして、そのぱあい、流体力学からみて、長軸の長鉤のほうが上向きになる力が強く、反対に短軸の丸鉤のほうは、不安定になる。たとえ鉤がかりしても、パレやすくなる。 このことは、実験上からもたしかめられている。柏で釣り具商をしている金子四郎氏が、手賀沼にドックを沈めて、その窓から天然の魚の就餌状況を撮影した映画をつくった。「ヘラ鮒のすぺて」という題だ。 これによって、魚は餌の一センチメートル近くまできてから、餌を吸引すること、吸引の時間は二四分の一秒。その瞬間、どのような角度を向いていようと、釣り鉤はくるりと回転して上向 きで魚の口に吸引されること。ウキにでる魚信はこのときのテコ作用であること。そして、異物を感じて魚が鉤を吐きだすときは、一〇センチメートルも鉤が遠くへ飛ぷことなどが科学的にあきらかにされたのだった。 海洋の釣学 表面を流れる黒潮 伊豆七島の、すこし高い山に登って海面をみると、潮流を観察することができる。黒味の強いブルー、化学に強い人なら硫酸銅のようなブルーを想像されたい。それが黒潮である。黒潮のも とは赤道海流で、南洋の赤道帯で充分に勲せられた比重の軽い黒潮は、フィリピンから台湾をへて目本列鳥を直撃する。 図3・22のように黒潮は九州で二分されて、主流は太平洋岸を、一方は対馬をへて目本海を貫流している。この黒潮の発生については多くの謎があり、充分に解明されていないが、とにかく、この温暖な黒潮は、豊富な温水系の魚の宝庫である。そしてつねに比重が軽いために表層を流れる。磯釣りで、上物とよぱれる魚はみな海の表層を流れる黒潮を狙うことになる。 それに対して、北方からやってくる親潮は冷たく比重が重いので、深いところを流れる。親潮は緑色で栄養の多い湖水の色に似るが、それは、親潮には植物性のプランクトンが多いから だ。そして図3・22でわかるようにこの親潮と黒潮が激しくぷつかるところが三陸沖の漁場である。ここには壮大な潮目ができて、そのため、魚の摂餌活動もさかんで魚影も濃い。古来から、日本でいちぱん釣りがさかんだったのも偶然ではないのだ。 潮の干満や透明度 潮の干満は月の引力で起こるが、干満の差は地域によって大きな違いがある。大きいほど魚の喰いは活発だから、平均してニメートルの干満のある太平洋岸が、平均して二五センチメートルしかない目本海側より、魚が釣れる。歴史的にみても、日本海側の釣りの歴史は、太平洋側にくらべて貧弱なのも、魚が濃くないという事情による。ただしリーマ海流の影響を受ける秋田県周辺の目本海側は、その潮目の影響を受けて魚も多く、庄内のクロダイ釣りは昔から有名だった。 記録的にみると、かつて世界一の透明度を誇ったときの摩周湖は四一メートルだったが、一般に黒潮のような温暖な潮流は透明度が高い。沖縄の海の透明度が高いのもそのためだが、大西洋のサルガッソー海ではかつて六六メートルの透明度が記録された。こうなると、魚はほとんど成育できない。ブランクトンも有機物もほとんどふくまないような純水に近いわけだ。 黒海は、水の交換がないため、底の硫化物によって黒くみえる。紅海はトリコアスミウムという植物ブランクトンの増殖によって紅くみえる。 日本でも、玉水現象といって、たいへん魚の多い潮流が発生する。ふだんはあまりプランクトンのいない黒潮のなかに、カイアシ類のサフィリナという動物ブランクトンが発生すると、水の中でキラキラ光る。もともと植物ブランクトンのすくない、透明度の高い黒潮だから、それがよく反射して、人間の目に見える。玉水を発見すると、カツオ漁師が出船の準備に忙しくなる。 プランクトンのタナを知ること 海の魚でも、ブダイのようにダイコンの葉でも釣れるような植物摂餌の魚もいないわけではなく、また大部分の魚の稚魚は、植物プランクトンを常食して成長するポ、その段階を過ぎると、海洋の魚は、各種の動物ブランクトンを捕食し、また、大魚は小魚を捕食するという食物連鎖を行なうようになる。つまり弱肉強食の世界である。 外洋で魚を釣るとき、釣り人がもっとも注意しなくてはならないのは、動物プランクトンのタナである。動物ブランクトンは、植物プランクトンを求めてタナを変えるが、一般に曇天や夜になると表層を遊泳するが、晴天になり明るくなると沈降を開始する。とくに構脚類のそれは激しい。昼間は何十メートルも深くなけれぱ釣れないイワシやエソなどが、一〜ニメートルのタナで夜釣りの鉤にかかってくるのもそのためだ。 ポイントとしての潮目 沖の船釣りは温暖な黒潮を狙うか、黒潮と親潮の境めを狙うことになる。海洋学者の宇田道隆教授は潮境の研究の第一人者だが、潮境(潮目)が世界の漁業者のポイントになっていることに着目して、その物理学的研究につとめた。潮境には各種のプランクトンが蝟集するだけではなく、鋸屑か泥濁のような帯をつくるが、これは有機物や無機物のゴミである。ゴミの中には、ごく微細な固形浮遊物質もあるが、なかには大きな流木などもある。漁師たちは”木つきカツオ“”木つきイワシ”などとよんで、そういう浮遊物を双眼鏡で熱心に探している。 ![]() 宇田教授は潮境の図3・25のような物理的研究を通して、下へ向かう収敏性の渦流と上に向かって湧昇する発散性の渦流のできることをつきとめた。 実験室の中でもこの潮境にはゴミが蝟集し酸素が多くなることがわかった。 海洋は一般に、表層にくらぺて底層のほうが栄養塩類(窒素.リン.珪素などの元素の塩類化合物)が豊富 だから発散性の渦流によって、下層の栄養塩類が図のように下層から上層に吸いあげられて、ブランクトンや小魚が、潮境の上層にあがってくる。 それを大魚が捕食するのである。磯でも似たような現象が起きている。岩にぷっかって破砕する波は、多くの酸素分子を海水中に溶かし込み、同時に、攪拌作用によって多くのプランクトンを集積している。釣り師はこれをサラシ場とよんで磯釣りのポイントの目印とする。だから、ぺ夕なぎの日よりも、多少荒れ気味の日のほうが、魚の喰気はよくなるのである。 日常は磯の生物は、磯の岩石を拠点として安泰に暮らしているが、荒れ模様になると、まず小型のアワビ・トコプシ・サザェなどが脱落し、海藻に付着している貝類やエビなども剥離されて、用心ぷかい魚は、大風の後の銀杏を拾う人間のように、それぞれの棲家から獲物を漁るために出撃してくるのである。わたしは多くの海岸で、潜水して調べたが、荒れた目の翌日の磯の底は、魚の餌がまことに豊富に四散している驚くべき食堂になっているのである。 釣魚の生理学 胃のない魚種も存在する 魚にもヒトと同じように、咽頭・食道・胃・腸・膵臓・肝臓がある。ただ、それらの器官が独立的に発達している魚はすくない。とくに胃は、ちょうど胃摘出手術した人間のように、腸と不分明に連続している魚が多く、コイ科・メダカ科・トビウオ科・イワシ科・ペラ科・プダイ科などの魚類には胃らしい胃がないから無胃魚とよぱれている。 しかし、魚のほとんどの消化器官は、人間のそれと同じ働きをしているが、気管と肺が存在しないため消化吸収器官は充分なスペースをあたえられている。そして魚は、水温が自分の適温に近づけぱ近づくほど、食物の消化吸収が速くなる傾向をもっている。 たとえぱ、適温二〇度の魚は、一〇度のときは三分の一くらいの速度でしか消化吸収できない。魚は、適温になると、人間などと違って空腹になる度合いが、二倍にも三倍にもなる動物である。だから魚は、長い絶食にも耐えられるのが、適温になるにつれて、激しい消化活動の負荷を、摂餌行動によって補給しつづけねぱならない宿命をもっている。だから、釣りにとって水温が重大な影響をもつことになるのである。 釣り目和に、はなぜ釣れない つまり魚の食欲の構造は、人間や他の動物のように、空腹時に起こるのではないということだ。魚類学者の研究によると魚は平均して一日に一キログラム体重あたり三四グラムの食糧を必要とする。しかしじつはそういうカロリー計算はあまり役に立たない。適温二〇度の魚をその温度のまま給餌したときより、いちど一〇度まで下げて、それから二〇度まであげるという繰り返しをしたほうが、一日の摂餌量は多くなる。 ということは、水の温度が適温方向に上昇するにつれて、何らかのストレスが魚の生理に働いて、魚の摂餌活動が活発化するものと考えられる。したがって、一日中おなじ水温の日より、風が吹いたり、照ったり曇ったり白然の現象によって、温度に若干の変化のある日がいい釣り日和ということになる。 「釣れたことのない釣り日和」というのは、人間にとっての好天気(無風快晴)ということで、魚の立場からすれぱ、そんな日は釣り日和でもなんでもない。 魚の食欲を湧かせるストレスが、どのようなメカニズムから生じるかわからないが、魚の頭頂部にある上生体のインパルスによって、食欲が刺戟されるという学者もいるが、そのことはまた後に述べる。 魚の食事時聞 魚の食事時間は一定していない。夜行性のナマズなどは日没ころより夜間にかけて活発化するし、ある種の沿岸魚は潮時によって食事時間がきまっている。しかし一般に、朝晩のまずめ時が一日のうちでいちぱんいい釣期であることは釣り人ならだれでも知っている。ただし曇天や雨天の日は、その影響は顕著ではない。ということは、太陽と関係があることがわかる。 太陽が真上に近くなると、透過光線の量が増大して、魚の警戒心を刺戟する。 もう一つは、太陽熱で水温がその日の魚の適温を越してしまうぱあいである。だから、朝の六時から釣れだして一〇時ころにビークに達し、それから下降しはじめて三時過ぎたころからまた活発に釣れだしたなどというときは、たいてい水温が適温より高くなり過ぎた結果である。ただ し、ここでいうところの適温とは、四季それぞれの平均的温度とそれに対応する魚の適合温度のことであり、厳密にいえぱ、その日その日で、適温は変化していく。だからその日の適温を釣り人が速く認識して、ポイントの選択やタナの選択を行なわねぱならないのだ。 なぜオキアミはすぐれているか 海水魚の食物連鎖の最初に位置する植物プランクトンは、ワイタカー博士の研究によると、一年間に全海洋で五五〇億トンが生産される(合海藻類)。これは全地球上の有機物生産量の三〇パーセントに相当する。これらの植物質のうち、ブダイのように直接それを餌として摂餌する魚もすくなくない。とくに稚魚の大半は、植物ブランクトンを直接採餌している。しかし、何といってもこの植物ブランクトンの最高の客はオキアミである。オキアミ革命ともよぱれる、この餌の出現によって、磯釣りはまったく変貌してしまった。 ![]() オキァミは図5・4ーのように、エビに似ているがエビ類ではない。甲殻類オキアミ目に属する海洋生物で、エビとの区別は、エラが頭胸甲で覆われず、また、両端に副棘をもつ点などで違っている。 オキアミは非常に豊富なアミノ酸類と酵素をもち、栄養価一〇〇パーセントの生物で、エビと違う点はその体内から発酵ガスを放出することだ。オキアミの臭いのついた布切れを海中に捨てただけで魚が蝟集する。撒餌によし喰わせによし、またたく間に海釣り餌の王者に君臨した。 オキアミ、が釣りに便利なのは、冷凍保存に好適で、キロあたり二〇〇円〜三〇〇円と安価なことだろう。もとは生餌だが、死んだ冷凍餌のほうが集魚性があるというのも、釣り餌むきで、モェビなどを苦心して生かしておいて釣っていたのが、今ではオキアミ一辺倒になってしまった。 自然界の大原則 オキアミが釣り餌となったのはおもしろいエピソードがある。政府が一○年前から資源開発ということで、北氷洋付近の洋でたくさんみられるオキアミに着目、これを日本人の動物性タンバク源として活用するために、漁船に補助金をだしてその漁獲を奨励したのである。ところが、漁船がたくさんオキアミを獲ってきて、販売業者がビニールパックに包装して、市場にだしても、日本人はオキアミを食べなかった。オキアミは、新鮮なうちはエビと同じだが、死んでしまうと、体内酵素の分解により特殊な異臭をだす。それが、食生活からきらわれたわけだ。 こうして日本政府のオキアミ作戦は失敗したが、これに目をつけたのが、一部の菓子業者。新鮮なオキアミ、を急速乾燥して粉末化すると、エビそっくりの香りがするし、色もそっくり。つまり、エビ粉の代用品になった。もう一つが、釣り餌業者。死んだオキアミの異臭に着目して、最初はコマセ専用に。そして、試しに、釣り鉤につけたら、これがまたどんな魚でも釣れる魔法の餌であることがわかった。一人で何十匹のクロダイを釣りあげる心ない釣り人まで出現する始末となった。乱獲がはじまったのだ。 オキアミが最高の釣り餌となったのは偶然ではない。オキアミは水温三〇度に上昇する南洋か ら、結水してしまう極洋まで、どのような水温にも適合する万能力をもっている。それぱかりか、水面すれすれに浮上して生活することもできるぱかりか、水深一〇〇〇メートルの深海の一〇〇気圧もの高圧に耐えることができる。だから、海水魚のほとんどがオキァミを餌にすることができるのだ。 とりわけ、海の食物連鎖をみれぱわかるように、沿岸魚にとってオキアミは必須の好餌となっていて、その代替物はほとんどない。魚がオキアミを喜んで摂餌するのは、栄養価の高い食糧をすくをめに摂取するという自然界の大原則にも適合しているわけだ。 魚の肺の秘密 魚にとってもたいせつな酸素 哺乳類は空気を呼吸して生きているが、その空気の中には平均して二一パーセントの酸素がふくまれている。だから哺乳類は、心臓病などの欠点がないかぎり、めったに酸素不足になることはない。ところが、水中の酸素をとって水呼吸している魚にとって、事態は深刻だ。なぜなら、海水のぱあい常温での酸素含有量はわずか一リットル中に四ミリリットルである。パーセントであらわすと○・○〇四パーセントである。淡水ではそれより若干高くなるが、それでも五〜六ミリリットルである。 このように論外ともいえる微量な酸素しかない水から、それでも酸素をとって生きなけれぱな らない存在である魚にとって、酸素は重大な影響をもっている。釣魚にとっても、当然、水中の酸素量はその釣果に大きな影響をもたらしている。 海釣りでは、サラシ場とよぱれている所が好ポイントになっているが、それは、そのポイントが波が破砕されて空気の酸素分子と結合し、他のポイントより何倍も酸素が多くなっているからだ。 淡水の釣りでも、つねに酸素が充分に補充されるような水通しのいいポイントが好釣り場となっている。魚たちは、すこしでも酸素の多い場所を求めて必死に暮らしている。釣り人は、餌や仕掛けを考える前に、まず、その釣り場の酸素含有量の大小を考えなけれぱならない。 鰓葉の役割 しかし、それでも魚は生きている。なぜなら魚には高度に発達した鰓があるから だ。この鰓組繊の、鰓耙と、反対側にある鰓葉という器官こそ、その驚異的な機能を果たすところである。鯉葉が、人間の肺とくらべて非常に発達した器官であることは、その能力をくらべてみれぱ歴然とする。 ヒトなどの哺乳類の肺は、空気中の酸素の二〇バーセントくらいしか利用できない、それに反して魚の鰯葉は、水中の酸素の八○バーセントも利用できる。表(省略)はいろいろな魚の鰓葉の面積であるが、魚はこのような発達した鯛葉組織によって、水中のわずかな酸素を効率よく摂取しているのである。 その鯉葉総面積は鰓葉板組織をふくめると、体重が二六・六キログラムと小型のマグロでさえ、その面積は、日本間に換算すると、八畳間と六畳間をあわせたほどの大きな面積になる。 カツオでさえ三畳間ほどの面積だ。小さなコイでさえ写真帖ほどの鯛葉面積がある。 鯉葉の欠点 このように、ヒトの肺などにくらべると、高度に発達した鰓葉だが、一つだけ欠点がある。それは、魚が水中から鰓を出すと、鰓葉はその機能をまったく停止してしまうことである。このふしぎな鰓葉について考えるときは、キンギヨモを例に出すとわかりやすい。キンギヨモは、水中にあるときは、美しい花のように開花しているが、手にとって空中にあげると、たちまち折り重なってしおれてしまう。キンギヨモを水中にもどすと、また元のように開花する。鰓葉も同じをのだ。 ”釣りあげた魚に空気を吸わせれぱ魚は弱って抵抗しなくなる”と釣りのペテランはいう。 しかし、もうおわかりのように、魚は空気を直接吸い込むような肺などないから、これはあやまりだ。竿を立てて、魚の頭を出すことにより、魚の鰓葉があのキンギヨモのようにしおれてしまい、呼吸困難になると答えるのが正しい。釣り鉤にかかった魚は、全身の酸素を消費しながら猛然と抵抗する。当然、魚の酸素は急激に滅少する。そのうえ、鰓葉を空気にさらして、水の流入がとまれぱ、もはや魚はまったくの酸素不足状態におちて、ぐったりとする。 アンモニア中毒も起きる だから正しく”魚の鯛を出せぱ魚は弱る”というべきだが、これだけでは正解ではない。鰓を空中にあげると、魚は酸素不足になるだけではなく、急性中毒を起こして弱ってしまうのだ。 すべての動物体は、タンパク質や核酸を体内で消化吸収すると、分解によって有毒なアンモニ アができる。ヒトなどの哺乳類では、血液中のアンモニアを比較的無害な尿素にかえて、腎臓をへて排泄されるが、魚は血液中のアンモニアをそのまま鰓葉から排泄する。 アンモニアが水に溶けやすいことを利用した、これまた魚独白の機能であり、それによって、ヒトなどが使う多大なエネルギーの損失を未然に防いでいるのだ。つまり、鰓葉は、血液中の二酸化炭素などの不用ガスと、水の中の酸素を交換する肺機能だけではなく、なんと水洗便所の役目まで果たしている。 ところが、鰓が空気にふれて水流がなくなると、有毒なアンモニアが血液中から排泄されずに停滞してしまう。酸素不足による呼吸困難と同時に、アンモニア中毒まで起きたのでは、いかな魚でも弱るしかないのだ。 しかし、イシダイのように、水面から頭を出したとたん暴れまわる魚もいる。一般に海水魚は、淡水魚にくらべて強引であるが、それは海水魚の食生活に関係していて、彼女らはつねに豊富な栄養源をもち、さまぎまな有機物や無機物にめぐまれて生きている。だから、淡水魚などよりはるかに抵抗の時間が長い。イシダイでも、鰓葉の空中露出によって起こる呼吸困難や中毒症状は同じなのだ。 いや、それを知っているからこそ、猛然と海中に潜り込むのである。だから、ペテラン釣り師は、いわゆる石物をとり込むときは、むりに急いで鯛をあげず、竿の操作によって円運動をつづけて魚を弱らせ、それから頭を出して弱らせて網かギャフでとり込むのである。 |
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