舶用電子機器の中で最近注目されているものに魚群探知機がある。今日の子供たちは、小学5年生の社会科授業で漁業を勉強しており、このとき魚群探知機やソナーなどを知る機会に恵まれる。実機の写真はもちろん、漁船のブリッジや操業風景などもビジュアル紹介されている。
魚探は漁船にとっては不可欠の漁労電子機器である。このマシン、数千メートルの深場を探る大型魚探や魚体長魚探から、プレジャーボート用の小型魚探まで、各種機器が開発され活用されている。
漁船で使用する漁労電子機器とは、レーダーやGPSプロッタなどの航海機器を含めたかたちで総称している。これは漁船に搭載されている機器はすべて漁労のために活用されることからこのように呼ばれる。
魚探は超音波を使った電子機器であるが、魚探のほかにソナー、潮流計、ネットレコーダー、ネットゾンデ、テレサウンダーなどのマシンが目的に応じて活用されている。このため漁船のブリッジには所狭しと、電子機器が並んでいる。
さて、今回から漁労電子機器についてその概要を紹介することにしよう。まずは、漁船のメイン機器として使われ、最近では一般人にまで知られるようにようになった漁探から入ってゆこう。
魚群探知機は長崎で生まれた
太平洋にカツオ。地中海にマグロ。七つの海をかけめぐる世界の漁師達。
ひと網、数千万円になる。
50年前、ある装置が漁業を革命的に変えた。
「日本が生んだ魚群探知機」。
海中深く泳ぎ回る魚の群れを超音波で捉える。
かつての漁業は勘と運だけにたよっていた。
勘が外れれば大赤字。
一家離散。
海の中の魚の群れを見つけたいと、誰もが願った。
その夢に挑んだのは長崎の漁村に暮らす10人の兄弟。
父は失業、肩を寄せ合い生きていた。
開発に当たったのは長男。
兄弟を養うために中学を中退した電気工事の職人だった。
実験に取り組んだのは次男。漁師に海に投げ込まれた。
「海の革命・魚群探知機」。これは未知の開発に挑んだ家族のドラマである
2002年夏、田ロトモロヲのナレーションで始まったNHKプロジェクトX「兄弟二人、海の革命劇〈魚群探知機・ドンビリ船の奇跡〉」のイントロ部分である。
放送された時はもちろん、番組収録ビデオを繰り返しじっくり見入ってしまうのは、カメラアングルや編集仕上げの素晴らしさもさることながら、登場する人物やその語り、そして生々しい現場の声の力強さが説得力を増幅するためか。
筆者も番組制作で東奔西走したが、魚群探知機の開発経緯がこれほど劇的で人情厚く、しかもロマンを秘めた物語であることを由:認識した次第だ。
魚群のいるところには必ず泡が出るばい!
戦後間もない昭和23年。魚群探知機は海中の魚群や海底状況を超音波により探知できるマシンとして誕生した。魚探の技術開発とそれを実用的なマシンとして作り上げたのは、長崎県口之津港で貨物船や漁船の電気工事を営んでいた古野清孝と清賢兄弟だった。二人は、それぞれ現古野電気の名誉会長と常任相談役である。
魚探開発のヒントは、こうだ。
長崎のある船頭がそっと教えてくれた内緒ぱなし「魚群がいるところには必ず泡が出るばい!」だった。
泡が出るということは、それに超音波を当てれば強く反射して返ってくる。泡があることが分かればそこに魚群がいることが分かる。
戦時中、兄の清孝が船頭から聞き出したこの内緒ぱなしが、魚探開発の大きなトリガーになった。それにしても独学で、よくぞ挑戦できたものだと関心してしまう。
魚探は電子回路とメカのかたまりである。戦中にヒントを得たものの、開発のための材料が見つからない。戦後、軍の放出品の中から偶然に探し出した音響機器をベースに魚探の開発が始まる。
乏しい材料でバラック回路を組み立て、日夜魚探マシンの実験を繰り返す兄。そのマシンの実力を実証するために漁船に乗り込んだ弟。マシンに現れたクラゲの記録反応を魚群と勘違いして投網させ、怒った船頭に海に放り込まれたことも多々あった。
古野兄弟が作り上げた魚探マシンには、解決しなければならない問題点が山積していた。前途は多難だった。
イワシの神様

当時、海中にいる魚は水と同じだから、超音波には反射しないというのが当時の円満なる常識だった。学識者からもこのような馬鹿げた実験はやめて、もっとまっとうな仕事に就いたらとアドバイスされたことも。
しかし、兄弟は問題点をひとつひとつ解決し、実験を繰り返すしかなかった。そして、実験を繰り返しながら、マシンは一歩一歩、魚探らしく成長していった。
超音波を海中に発射し、その反射波をとらえたとき、その反応は記録紙の上にペンで描いて表示する。
しかし、海中からの反射信号は雑音ばかりが強調されて、魚影らしきものは見えてこない。
ただ、海中からのモヤモヤ雑音の中には微弱な魚群からの反射信号が埋もれているに違いなかった。この強い雑音の中から魚群からの反応信号を取り出すことが魚探開発の目的だった。

雑音として考えられるものには、船体が走行することで発生する気泡の回り込みによるもの、船体の振動によるもの、エンジンノイズ、発電機、超音波発射用の振動子、振動子の設置状況によるもの等々、多くのノイズ発生の原因が考えられた。そしてひとつひとつの問題点を抑えて、じっくり解決することだった。
そして、魚探が魚群らしき反応をキャッチし始めた頃から、古野兄弟は漁師らに一目置かれるようになる。いつもの通り、魚探の海上実験と機器操作指導のために乗船していた弟は、魚群は次々と探り当てた。そして、弟は、あちらやこちらの漁場で多くの魚影を的中させた。
これが元で、ついにイワシの神様と呼ばれるようになってしまったのである。
魚探の開発・実用化の発想というものは、漁船の電化への移行ニーズとはまったく異なる。
もちろん、当時、ニーズはまったくなかった。
あったのは「海の中が見えたらどんなに素晴らしいことだろう」という、まるで少年の夢のような技術家のロマンだった。古野兄弟は、まさにベンチャー企業の元祖ともいえる。(一部「フルノ50年史」より)
漁業界は、勘と経験だけがたよりの世界だった。山立てという漁場決定方法はあったものの、何事につけ保守的な世界であった。しかし、魚群探知機の登場で漁船操業は科学的な近代漁法へと大きく舵取りが始まり、効率操業実現に向け発展してゆく。
魚探が漁船に導入されはじめてすでに半世紀以上が経つ。その間、魚探以外にもいろいろな漁労用電子機器が開発され実用化されてきた。
大事なセンサー「超音波振動子」
昭和23年に魚群探知機が開発され実用化されたが、初期の魚探は大掛かりでたいそうな装置だった。この魚探装置の構成は、記録紙をセットするための記録器、金庫のような大型ケースに収納された超重量の電源発振装置、そして大きな振動子(送受波器)からなっていた。
どのユニットも鋳物で固めたガッチリ設計だった。とうてい一人では持ち上がらないほど頑丈な鉄塊だった(図6参照)。
中でも魚探で一番重要なユニットとなる振動子(送受波器)の装備はたいへんだった。
振動子は、海中に超音波を発射したり、反射信号をキャッチするためのもので、ステレオアンプでいうところのスピーカーとマイクロフォンの関係のようなものである。振動子は、数メートルもの長い棒の先端に取り付けて、それを舷側にから海中へ突っ込んだ。
走行時に曲がったりぶれたりしないように、船の前後からロープで固定するなど工夫した。ただ、このロープの振動で雑音発生の原因にもなった。
当時の乗組員の話では、振動子の舷側装備は大掛かりで、その設置方法が大きな悩みだったという。大きな振動子は走行中は甲板に引き上げ、漁場に到着後、長い棒を舷側から下ろして海中へ入れた。
乗組員は毎回面倒な作業をこなさねばならなかった。振動子は大きく、重量的にも扱いが苦痛なものだったらしい。船底を貫通させて送受波器を取り付ける方法が試みられてからは、魚探の扱い、性能が向上した。この送受波器船底貫通設置方法は、今日の漁船で採用されている。50年以上前に実用化され、もっとも合理的で安定した装備方法として確立されている(図7参照)。
初期の魚探は記録紙にペン走行
初期の魚探では探知した海中からの反射信号は、専用の紙に記録して表示した。ヨード液に浸したいわゆる湿式記録紙を魚探の記録器にセットし、その紙面上を記録ペンが走ることによって魚群反応を記録表示するというものである。
魚影や海底の反応は、茶色の濃淡で表示するので、鮮明に見ることができた。超音波を発射したあと海中からの反射信号がキャッチされたとき、真っ白な記録紙上を走行している金属ペンに電圧がかかる。
電圧がかかるとペンが当たっている記録紙部分が化学変化を起こす。そして、その部分が茶色に変色するという仕組みである。
この湿式記録式魚探は微弱な信号でも記録するため表示感度がよい。使い勝手がよいため、シビアな操業をする大中型漁船に受け入れられた(図8参照)。

記録式魚探には、湿式魚探の他に乾式魚探があった。記録紙上に走行ペンで描くシステムは同じだが、使用する紙が乾式の記録紙となる。
乾式記録紙は記録紙の中にカーボンが仕込まれている。紙の上を走行しているペンに電圧がかかると放電しカーボンが破壊する。このためペンが当たっている紙部分が黒くなり、魚群や海底反応として記録表示するというものである。
当然、現れる色は黒色であるから元々の白地部分とのコントラストが強くなるので、素人目にはクリアに見える。ただ、ダイナミックレンジが狭いために、微妙な表現が難しかった。
ほとんどの漁船では湿式記録紙を使用していたが、シラス船など表層にいる小魚探知にはこの乾式記録紙が使われていた。
記録紙の幅は通常15センチだった。長さは延々15メートルもある。中には特殊な魚探用として10センチや30センチ幅のものがあった。
記録紙はもちろんロール状になっている。記録された部分は、巻き取ったり、ブリッジの中に垂れ流して使用した(図9参照)。
この垂れ流し、不精ものみたいに感じるが、なかなか便利なのである。巻き物を解いたように過去の記録が見渡せるため、魚群反応の比較や漁場選定にはもってこいである。
今日のカラー魚探では魚群反応は画面の端から消えてゆく。開発者は苦労しているが長時間の画像表示が難しい。このあたりはまだまだ50年前の記録式魚探が優れているのである。
記録式魚探は、きめの細かい記録表示ができるものの、茶色とか黒色などの単色表示だった。魚群からの反応信号の強弱を多段階に表現するには限界があった。
カラーテレビの出現後、魚探もカラー表示化が進み、カラー魚探が登場した。カラー魚探はカラーブラウン管を使用した魚探であり、魚群反射信号強度による識別表示色は、原理的にはいくらでも可能となる。
現用のカラー魚探ではほとんどカラー液晶表示器が採用されている。現用機では、8色、16色、64色表示などが主体に使われており、表現力豊かなダイナミックレンジの大きい魚探として活用されている。
魚探は超音波の世界
魚群探知機はその名の通り、魚群を探知する漁労機器である。基本的には魚の群れをターゲットとして探すのが目的であり、魚群の中の1匹1匹を区分けして探知表示するものではない。
もちろん、単独で泳いでいる魚では単体魚探知も可能である。

魚群探知機の基本原理はやまびこと同じであり、海中に発した音波の反射波を捉えることで海中の魚群の存在を知ることができる。
音波の反射をとらえることで、そこに魚群がいること、プランクトン層があること、海底があることなどを探知できるのである。要は音波を発射してから反射波が返ってくるまでの時間を正確に測ることで、反射物までの距離を計算し、それを画面上に描くというシステムである。
音波が水中を進むときその速度は空気中に比べて5倍も速い。空気中では1秒間に340メートル進むが、一般に1秒間に1500メートル進むとされている。また、より遠くまで進み反射して返ってくるので、深い漁場や釣り場でも海底付近まで容易に探ることができる。陸上では想像もつかない遠い距離にある魚群をとらえ、それを反射波で返してくるというから、海中における超音波の不思議パワーには脱帽である。
魚探には超音波を使用している。音波域ではなく超音波域である。音波は人間の耳に聞こえる領域の周波数帯であるが、超音波は人の耳には聞き取ることができない。中には低い超音波域まで聞こえるという特異な人がいるようだが、ほとんどの人は聴くことができない。
魚探に使用する超音波にはいろいろある。低域から高域まで広い範囲の超音波が使われている。
基本的には、低い音ほど減衰することなく遠距離へ伝搬するので、深場探知には低周波の超音波が使われる。逆に高い超音波は、残念ながら遠くへは届かない。このため遠距離探知には不向きである。
それではメリットがないように聞こえるが、高い周波数ではシャープな伝搬をする特性がある。
探知する角度が狭く細くなるため、きめの細かい探知に向いているというわけだ。
(協力・古野電気株式会社)