事故例49
救命胴衣着用を徹底しなかったモーターボートの同乗者 死亡事故

 いつも釣りに出ている仲間の中で何となく舫を解く係や、アンカーを降ろす役が決まることがありますが、それぞれ状況によっては危険な作業となります。
 危険は分かっていても仲間であるだけに救命胴衣を附けるように強く言うことがしずらく、とうとうこの様な事故が起こってしまったという例で、この事故で一人の方が亡くなられています。

 本文に詳しく書かれていますが、ポイントに到着した直後に自船が起こした波と海の波で大きく揺れている最中にアンカーを降ろす作業を始めた人が大きな揺れで後ろ向き?に海に落ちた様です。ということはアンカーを両手で抱えたまま後ろに倒れたのかも知れません。
 悪いことに助けようとして回したペラにそのアンカーロープが巻き付いて航行不能になったとか。
慌てているときはそういうものかも知れませんが普段から事故を想定した心がけが必要です。11月なら水温はそう低くなかったはずで、浮き輪を投げるだけではなく、泳いででも助けに行くべきでした。

私も人を乗せるときには気を付けなくては・・・・
                           以下「ボート倶楽部2007年4月号」より   (しんゆう)



【モーターボート〈A号〉】
船体9.1㍍3.8㌧105馬力のFRPボート
【この事故による損害】
同乗者の内1名溺死
【海難審判庁裁決主文概要】
「この同乗者死亡事故事故は、投錨作業時、船体横揺れ防止に対する安全措置が十分で なかったばかりか、難作業時の安全措置も十分でなく、このため投錨を担当した同乗者が体の平衡を失って海中に転落、さらに、海中転落の危険性に備える安全措置(救命胴衣着用の徹底)が不十分で、同乗者が短時間で海中に没したことで発生した。、 受審人船長Aの小型船舶操縦士の業務を1カ月停止する。」

【A号の来歴など】
〈A号〉は、最初漁船として建造 されましたが、事故の1年前に小型船舶として新規登録され、A船長と知人2人が共同で購入し、小型船舶検査を受けたのち、釣りや遊走に使用していました。

〈A号〉は最大搭載人員11人で、前部左舷船倉に7個、操舵室に4個の救命胴衣を搭載していました。また、10キロのステンレス製三爪錨に、合成繊維製の錨索(直径 24ミリ、長さ50メートル)をつないで 後部左舷船倉に収納し、船尾から投錨するようにしていました。

【事故当日の気象海象】
事故当日の2日前、朝鮮半島の北部に低気圧が発生し、その後、発達しながら日本海を北東へ進 み、次の日には北海道西岸付近で中心気圧984ヘクトパスカルにな りました。この低気圧は、事故当日にはオホーツク海に達しましたが、日本海側ではその影響を受け、玄界灘 周辺では波高約1・5メートルの北西のうねりが残っていました。 福岡管区気象台では、事故当日 の3日前の夕刻、福岡地方に波浪 注意報を発表し、事故の3日後の朝に解除しました。

【事故発生までの経緯】
11月下旬のある日の朝、A船長 はA号共同購入者2人のほか、 知人2人を同乗させ、ヒラメ釣りの目的で福岡県の博多漁港を出港し、途中、エサの小アジを釣った のち、〔図1〕に示す釣り場に向か いました。

出港に先立ち、A船長は携帯電 話で波高などの気象海象情報を入手しましたが、福岡地方に波浪注意報が発表されていることを知 りませんでした。 また、出港にあたり、同乗者4人が後部コクピットに集まったと き、「救命胴衣を着用してください」と指示しましたが、全員が顔見知りの知人なので強く言いにく いこともあり、本来ならA船長自ら各自に救命胴衣を手渡すなどして救命胴衣着用の徹底を図るべ きところでしたが、それをしませんでした。

なお、後部コクピットは、ブルワ ークが低く、ハンドレイルもなかったため、船体動揺によって平衡を 失ったときに海へ転落する危険性 がありましたが、同乗者4人のうち1人(同乗者D。綿製の作業服 上下と運動靴を着用。事故によ り溺死)は、ここに乗船したにもかかわらず、救命胴衣を着用しませんでした。

さて、錨泊して釣りをすること が多かった〈A号〉では、いつも、不特定の知人同士が乗り合わせていたため、投錨時の役割分担は決められていませんでしたが、釣り場に 着いて船長が機関を停止し後部 に合図を送ると、同乗者の誰かが 錨索をつないだ錨を投入するのが 習わしで、その日も錨泊して釣りをすることになっていました。

09時40分、目的の釣り場の北東 (図中の①点)に到達し、〈A号〉の 針路を西北西にしたA船長は、北西方向からのうねりがあることを 知りましたが、「この程度のうねりなら釣りはできるだろう」と判断 し、図の円内に示すとおり、北から反時計回りに長間礁を回り込 みつつ、長間礁灯標とその東方の 柱島との重視線(図中の・・・ で示す線)を確認して釣り場を決め、いったん漂泊状態にしてから投錨することにし、減速しながら左転を始めました。

〈A号〉を漂泊状態にしたA船長は、船体固有の横揺れ周期と、うねりを横から受ける周期とが一致したとき、船体の動揺が増大するため、同乗者が投錨作業を行う際、両手で錨を持つと体の平衡を保つことが困難な状況であること を認めました。

しかしA船長は、「同乗者たちは何度も船釣りをしているので投 錨作業は無難に行えるだろう」と安易に考え、船体の横揺れ防止安全措置(例えば機関を微速力前進 にして船首をうねりに立てるな ど)をとらず、09時44分、船首が南 南西(うねりを右舷側から受ける方向)を向いたところで機関を停止し、漂泊状態にしました。

すると、船体がときどき大きく横揺れを始めましたが、それでもA船長は同乗者Dに救命胴衣を着用するよう指示せず馬釣り場に着いたと合図を送りました。 船体が横揺れするなかで、もう1人の同乗者が錨を収納していた船倉のふたを開け始め、「自分が錨を持ち上げ投入する番だ」と思った同乗者Dは、依然として救命胴衣を着用せずに船倉付近に来ました

そして、投錨作業時の安全措置 (船体が横揺れしたときに両足で体を支えられるよう、船倉の船首側か船尾側に体を置くなど)をと ることなく、もっとも危険と思われるハンドレイルがない左舷ブルワークと船倉との聞に入って船内側を向き、船倉から錨を両手で持ち上げました。

09時45分、〈A号〉の船体が左舷側に傾き、船首が202度を向いたとき、中腰の姿勢になっていた同 乗者Dは体の平衡を失い、船内を向いた状態のまま、左舷舷側から海へ転落しました。 A船長は、ほかの同乗者からの 知らせで同乗者Dが海へ転落した 悔遊を知りました。一方残りの同乗者は、急いで操舵室から救命浮環を取り出し、これを投下しましたが、船体が流され、同乗者Dは見る見るうちに〈A号〉から離 れ、救命浮環が届かないうちに海中へ没しました。

A船長は急いで機関を後進にしましたが、錨索をプロペラに巻き込 み、操縦不能となったので、直ちに海上保安部へ通報しました。 当時の天候は曇り、西寄りの風、風力2、潮候は上げ潮の末期で、波高1・5メートル、北西からのうねりがありました。

その後、同乗者Dは行方不明と なり、海上保安部による捜索活動が行われましたが、19日後、福岡湾北西方沖合で遺体で発見されました。

【この事故に学ぶ】
A船長は、〈A号〉がうねりを受 けて横揺れすることが予測できたので、投錨作業をするときは、船体の横揺れ防止策として、機関を極微速力前進にして船首をうねりに立てるべきでした。こうすれ ば横揺れも少なく、ブルワークを 背にして船内側を向いて投錨作業をした同乗者Dも、船外方向に倒 れて、舷側を越えて海に転落することはなかったと考えられます。

同乗者Dは、〈A号〉がうねりを 受けて横揺れしているなかで船倉から錨を取り出す際、船倉の船首側、もしくは船尾側に体を置くべ きでした。そうすれば、船体が傾 いたとしても体を両足で支えるこ とができ、平衡を失うことなく、舷側を越えて海に転落することはなかったと考えられます。 さらに重要なことは、暴露甲板 である後部コクピットで投錨作業 を行っていた同乗者Dは、救命胴 衣を着用すべきだったということです。救命胴衣を着用していれば海へ転落しても海面に浮き、釣りができる海象なら救助することが可能だったと考えられます。

この種の事故を防ぐには、出港にあたって、船長が全員に救命胴 衣の着用を徹底して指示する必 要があるとともに、同乗者も積極 的に救命胴衣を着用するよう心がけることが重要です。 最後に、船長などの責任者は、 航行時には万が一の事態に備え、海上保安部へ118番通報できるよう、防水対策を施した携帯電話を必ず持参しましょう。


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